昭和40年代から60年代にかけて、土地の高騰と住民理解が得られないとして施設が都外に建設されるようになってきました。
 そして、昭和50年代秋田県に端を発した都外施設建設は、産業に代わる過疎対策の一つとして東北各県が誘致し、東京の人が住む施設は東北地方にしかできない、という時代が続きました。

 知的障害者の生活する場所は、施設、そして生まれ育ったところで住みたい希望しています。そうした願いもむなしく、保護者が養護できなくなった時点から、それまでの自宅通所が出来ていた作業所・地域の暮らしから、、不自由な施設の暮らし、そしてその施設も遠い地へと変わっていくのです。これを、行政も施設関係者も、住民も、保護者もやむをえないと見過ごしていたいたのです。

 こんな時代背景の中で日の出太陽の家の建設計画は始まりました。
都内に施設はできないという、半ば常識化したことへの挑戦ですから、行政にも住民にも理解を得るには、たくさんの時間を必要としました。
 こうした困難な状況に置かれた時に、本人や家庭を救うための施設建設とともに都内に施設を作ることへの意義を感じたボランテイアの皆さんが、違った角度から、この日の出太陽の家建設計画を支援し、息長く活動を続けたのです。  日の出太陽の家物語ーけやき出版

 施設建設計画を立てたのは、大阪で会社を経営し事業拡大を続けているさなかに会社を弟さんに譲って福祉畑に飛び込んできた中島正清氏。
 「お金を借りたら利子を付けて返す、品物を借りたらそれ以上のものを返す、これでお互いの関係は区切りになる。ボランテイアさんからの無償で受けた恩義が、私に施設を絶対に作るのだという決意をさせた」

ボランテイアに育てられた日の出太陽の家

 ボランテイアとの関わりを、法人の一つの使命とする方針で施設はスタートしました。施設の開所一年目は、利用者も職員も初めての人が集まって暮らしを始めるのですから、なかなか大変な事態です。そんな中にボランテイア団体が月に一、二回土日に入ってきました。当時は、受け入れたとういうより、入ってきたという表現が合っている状況でした。しかし、今から思えば、内部体制も整わないうちにボランテイアがこうして入っていたことが、「施設はボランテイアと一緒の体制」を早いうちに確立出来太いえます。外国の団体であろうが、20人30人の団体であろうが、職員も利用者も共同作業やレクレーションで一緒に働き、楽しんでいます。一緒に活動した方々共々、なんだか不思議でちょっとすてきな気分になるのです。とてもピースフルな空間・時間がお互いの中に生まれます。
これのボランテイアパワーの伝染で、暮らしやすい社会を作るパワーの始まりとなるのです

施設全体がボランテイア受け入れのソフトを身につけてきたといえます。 

 太陽の家は、毎週のようにくるボランテイア体験希望者の受け入れで、社会の人のいろいろな顔が見え、心を感じ取ってきました。 社会人・ボランテイアとの出会いを続けている中で、自分たちの普通の姿を正しく理解してもらえるよう入所生も、職員もそれなりに襟を正す努力をしながら暮らしていたのです。それが日の出太陽の家全体を社会との違和感をへらす方向へと導いて来ました。
 施設や施設周辺にいつも人がいる、これでお互いに変わってくる このことを10年間で実感しました。施設紹介

ボランテイアを初めてなさる方へ
はじめてをはじめるに変えよう そのお手伝いを私たちはします。

知的障害を持つ人のボランテイアは入りにくい。これが正直なところです。障害が見えない上に育てられ方も様々なレベルですから、一人一人大変個性的です。ですが、個性的が故に一度おつきあいの方法が分かると、努力する人、人知れず悩んでいる人等々見えてきて実に楽しい人で有ることが分かってきます。
 分かりにくい障害も、何回か又は時間長く様々な角度からふれあうと人も障害も見えてくるのです。

 この人達との出会いをうまくするには、身体障害者の人たちにイメージしている「フツウの人が足(どこそこの)の悪いという障害を持っている」という見方と同じように、フツウの人が脳味噌に傷を持って苦労している状況と見ていただくと良いでしょう。ダメージを受けた脳のうち残っている脳機能をフルに使って努力している人。だからゆっくりだけど学び続けている人なのです。そう分かったら、後は、大脳のいっぱいある人が努力して、私はこういう人間、仲良くなろうぜと 作り笑いでも良いから、そばに笑顔で寄ることです。

日の出太陽の家は、知的障害者の人たちへのボランテイア活動を体験されたい人だけでなく、太陽の家を拠点にして、高齢者施設や身体障害者の施設でのボランテイア体験のプログラムもアレンジ出来ます。このほか、自然環境体験ボランテイア、炭焼き体験ボランテイア等武家屋敷に宿泊しながらボランテイアの体験を行えるよう環境を整えています。最大宿泊40人。ですが30人くらいがベスト。自炊。詳しくは、武家屋敷使用説明をご覧下さい。

日の出太陽の家は、西多摩の地にあります。個人で続けてボランテイアをしたいと希望しても日の出に行くだけでも大変です。個人でボランテイア体験をしたいご希望なら、まず、専門機関の各地域にある社会福祉協議会等が行っているボランテイアコーナー担当者にご相談いただくか下記項目ボランテイア団体リンク集から近い場所を探して相談して下さい。
ホームページへ / 施設紹介へ 中長期ボランテイア募集

ボランテイア団体紹介

日本青年奉仕協会 一年間ボランテイア。アジアボランテイア365ほか。ボランテイア関連事業の開拓者。民間の大胆な発想でたくましく行動。太陽の家にボランテイアイコール福祉という概念を脱皮させ、今の姿に育てた育ての親。武家屋敷を生かすために毎年一年間ボランテイアを派遣して下さっている。

東京ボランテイア・市民活動センター /東京都社会福祉協議会所属の先駆的中心的ボランテイアセンター。ボランテイアコーデイネイター養成講座等各地のボランテイアリーダー養成に力を入れている。最近NPO 支援組織も出来、市民活動センターを加えた名前に代わった。ボランテイア希望・要望の情報が掲示板に満載されている。
ここに聞いたら何でもベーシックなことは応えてくれる。スタッフも含め「活きてるデーターバンク」
まずはここを訪問してから、自分の分野を絞る。またボランテイア活動で迷いがでたら、ここにいって視野を廣くすることで解決。

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武家屋敷へ

かかわって下さった団体をご紹介しますー  ここtopixをご覧下さい

埼玉プレーリダーの会 毎年バザーの時に子供コーナーを請け負ってくださる楽しい団体ー子供の楽しめるイベントを考えているならまずここの佐藤さんにメールをすると、アイデア続々。状況によっては、子供スタッフと共に頼もしい助っ人ぶりを発揮してくれます。一度ホームページを訪ねて活動ぶりを確認してください。

 http://www.dmc.tocolo.or.jp/sisetus