入所施設はない方が本当は良いーそこまでの道は遠いが
日の出太陽の家はこう考えます。
入所施設は本当はない方が良いし、あるとしたら街の中の方がいい。一定期間だけ利用する場所であってほしい。
施設の暮らしは、どんな立派な主義主張で暮らしを作り上げているとしても、あくまでもそこの経営者、施設長や職員が作り出す人工的な社会です。本物の社会にかなうはずがありません。
学ぶ力や学ぶ意欲の弱くなりがちな人たちには、毎日少しずつ、程良い刺激が幅広く必要です。刺激の少ない施設の暮らしは、フツウの暮らしとは遠い人工的な空間なのです。
外国に行ってりっぱなホテルに泊まっていくら満点のサービスを受けたとしても、街の中を歩かないと本物のそこの良さも課題も喜びも分かりません。
それと同じように、この人達の暮らす場所は、特別メニュー付き5つ星ホテルより、一歩でれば商店街に繋がるような、宿屋や下宿の様な環境の方が社会や元気を吸収出来るのです。
いま、街の中で暮らしている人は、*20歳を過ぎても家族が元気で在宅でケアーしてもらえる人か、*働いて家賃が払える人が生活寮かアパートで暮らせる、と大きく分けてこんな状況です。
介護保険制度が進み、高齢者が地域で暮らし続けられる仕組みに整えようとしている時代です。介護保険制度では、痴呆性老人のグループホーム(生活寮)も重要な存在と定義されています。
知的障害の人たちの社会も、これから制度が整って、親を頼らず、また重い人も社会で暮らせる時代が来るでしょう。そうした日を夢見ながら、そうした機会に即対応できる力を日頃から力を培って置くためにも、「施設に社会の刺激」を、「施設で社会の体験」をと私たちは考えています。
建設時フエンスで囲う約束でスタート
設置フエンスは陶芸作品の展示場とつる花のからまる場所に門扉はいつも開放
日の出太陽の家は山の中にあります。建設の時フエンスで囲う約束でスタートしました。
太陽の家に限らず、この種の施設は、人里離れた地でもフエンスで囲うよういわれます。なぜ?
それは、特別な人が暮らす特別な場所というイメージが定着しているからです。この先入観を施設の職員や経営者までが持ってしまうと危険です。施設は本当に特別な場所になり、特別な人を育ててしまう環境になります。
施設の暮らしそのものが、暮らしは守っていても、人権という切り口で考えると24時間365日生涯暮らす施設。これ自体が人権侵害ともいえる「矛盾した貧しい仕組み・場所」であると言う認識にたっていないといけません。
自分の施設をより良くと努力は必要です。しかし、自分の施設が「最高と思い始めたら、危険信号という謙虚さ」を持ち続けることが必要と考えます。
最近話題になっている施設の人権侵害は、この意識が欠けた結果起きたことと考えるべきでしょう。
フツウの人が、たまたま脳の中にけがをした状態で、その人は普通の暮らしをしたいと願っている。がやむなく施設で生活している。この原則を忘れてはならないのです。
施設オンブズマンがいつもいる
施設オンブズマンは必要密室になりがちな空間が施設です。弱いところもいっぱい持つ生身の職員、入所生です。密室にならないように、施設の人だけの時間が短くなるようにするために、普通の人が施設の周辺や中にいつもいると良いと考えます。また作業や作品を通して、社会の反応を身に感じて自らを律していく、そういう刺激が必要です。「社会といつも一緒」と考えフツウの暮らし環境に近づける努力が必要です。 こうして沢山の人によって毎日チェックを受けている環境。これは、これから東京都などが制度として作ろうとしている「専門家や第三者がオンブズマンとして月に一度チェックにくる制度」とは違う市民感覚のオンブズマンがいつもいる状況です。この環境を大事にしていきたいと思います。
これからの多様な時代に事業を発展的に存続させるには、多様な視点を持つ市民から支持される事が(企業でも施設でも)必要だからです。支持されるということは、言い換えれば市民から学ぶということです。
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社会の人が元気を持ってくる |
太陽の家は、毎週のようにくるボランテイア体験希望者の受け入れや、また毎日くる陶芸のお客さんからそのことを学びました。また、作業に出かけ、作品を作り社会の人のいろいろな顔が見え、心を感じ取ってきました。
社会と密接したところをたくさん持つ毎日の中で、普通の姿を正しく理解してもらえるよう、入所生も、職員もそれなりに襟を正しながら暮らしていたのです。
それが社会との違和感を最小限にとどめる結果を生み出しました。
施設や施設周辺にいつも人がいる様、作業や作品でいつも社会に出ていく様にすれば、お互いに変わってくる このことを10年間で実感しました。
(最近施設に出てきた傾向の人権を言うがあまり、施設を特別メニュー付き5星ホテル化しようとする流れには疑問を持っています。フツウの暮らしから社会を学ぶべきと考えます)
いつでも夢と花を 99年秋
竹鉢のベゴニア 秋は コスモス 玄関ホールの観葉植物
夏をもり立てたトレニア
乙武洋匡さんの「五体不満足」(講談社)は、感動でした。
「障害は不便です。だけど不幸ではありません。」 いろいろ言う小学生集団の中で、ある少年の言った「いいんだよ」(あのお兄さんは、ボクらの見慣(みな)れない変(へん)テコなマシーンに乗っているけれど、そんなことは関係(かんけい)ないんだ。ボクらとなんら変(か)わりない人なんだ) の一言が活動の源と書いています。
私たち専門家と言われる者は、施設でこの人達を守っていれば良いのではなく、この人たちが街の中で暮らしていても「いいんだよ」といってくれる人を増やすことにもっと目を向けるべきと思います。その前提には、乙武さんがフツウに暮らすという目標に向けて努力したように、私たちも本人共々意欲や自信を高め、街の中で暮らす経験、社会から学ぶ努力が必要です。
このような努力を充分しないで、ありのままを受け入れよという発想が最近出ていますが、百年河清を待つに等しい望みで、社会はそんなに甘くないと言って良いと思います。